2月は28日までで、他の月に比べて日数が少ないから損した気分になるよね。
で、今月も本日で終わりかと思いきや、今年はうるう年なので一日分のロスタイム。
29日があるので明日も2月です。
ちなみに2月が一日延長される、うるう年は4年に一度やってくるけど、
どうやら西暦を100で割って割り切れる年はうるう年じゃないらしいよ。
つまりこの先、2100年、2200年はうるう年じゃないから2月は28日までらしい。
でも2000年はうるう年だったような、って思った人は鋭い。
どうやら100で割り切れる年でも、400で割り切れる年はうるう年なのだそうな。
2000年は400で割り切れる(2000÷400=5)のでうるう年。
同じ理屈で400で割り切れる2400年もうるう年だから気をつけて!
(↑いずれ未来人がこの記事を読んだ時の為のコメント)
ややこしいわ!
2000年問題が起こったのもこの辺のややこしさが原因だったんだって。
ちなみにこれ全部さっき見たトロステ(2/29)で知った。
トロステは普通に勉強になるから困る。
しかし2月だけ28日までとなんで極端に短いんだろうな。
31日まである月から持ってきて平均取ればいいのに。
トロステからのコピペだけで記事を済ますのも悪いから調べてみるか。
めんどいからざっくり説明。
遥か昔、ローマの権力者であるカエサル(英語読みでシーザー)が、
それまで使われていた暦を太陽の動きにあわせて一年を365日に分けた、
現在使われている暦に近いものに作り変えたんだけど、
その際に奇数月は31日まで、偶数は30日までと交互になる様ざっくり分ける事に。
でもそれだと一年が366日になって困るから、当時は一年の最後の月だった
2月から一日省いて29日までにすることで解決。
ちなみに暦のズレを修正する為に設けられたうるう年はこの時から既に存在してて、
その時は2月は30日まで。
もともと30日までだった2月から一日取った時点でバランスは崩壊してるんだけど、
カエサル死後、ローマの初代皇帝になった8月生まれのアウグストゥス
(英語読みでオーガスタス)が、
「ボクの生まれた月が30日までだなんて、ぜったいにゆるさないんだから!」
と、非常に可愛らしい理由で無理矢理8月に一日加えて31日までとした。
ついでに8月を自分の名前にちなんでオーガスタと改名。
その後、
「あれ、でも今まで30と31までの月は交互に来てたんだっけ・・・それなら・・・」
と、31日までにした8月以降、9月を31日まで、10月を30日まで・・・と、
そこからまた交互になるように配慮するというハイパー余計な事タイム発動。
でも結局8月を増やした分はどこかを減らさないと帳尻が合わない事に気付いた
アウグストゥスは、ここで何故か既に少なくなっていた2月に目を付けた。
そんな訳でまた一日削られた2月涙目。
こうして2月は28日までとなったのでした。
ちなみにこうして改変された暦ですが、その時点では完璧な物ではなかった為、
年月が経つにつれ実際の季節と暦の間にどんどんとズレが生じていきました。
そこでローマ教皇のグレゴリウス13世がまとめてズレを修正。
そうして完璧に生まれ変わった暦が、グレゴリオ暦として現在世界中で使われているのでした。
おしまい。
要約すると、2月が少ないのは主に8月のせい。
以上。
いやー勉強になりましたね。
主に俺が。
- 2008/02/28(木)|
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最近テレビ見なくなったなー。
以前からそんな傾向があったのはあったけど、
HDDレコ買ってから更に顕著になった気がする。
これが本末転倒って事か。
いつでも観れる、いつか観ようの意識は逆に体をテレビから遠ざけた。
あ、昔に比べて番組がつまらなくなった、とか言うつもりは無いよ。
いつの時も時代のニーズにあった番組が放映されてるとは思う。
そりゃ多少の浮き沈みはあるだろうけど。
ただ昔に比べてテレビ以外の娯楽が充実して、興味の範囲が分散してるだけなんだろうなー。
これは自分に限らない話。
今期はドラマも見てない。
いまさらだけど前期見てたガリレオは序盤面白かったけど後半尻すぼみでした。
主役以外のキャラクターが弱いのが辛いところだったのかな。
映画はどうなることやら。
先にすーみんに借りた原作本も読まなくっちゃだ。
- 2008/01/17(木)|
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本編終わった後のエンドロール中に話し始める人ってなんなのよっていう愚痴。
先日映画を観に行った時も、自分の席を挟んで前と後が同じグループだったらしく、
本編終わった途端に前の席の子が後ろの席の子と、
「おもろかった!?」
「おもんない!」
等とあそこがどーの、あいつがどーのと自分を挟んで話し始め、イラツキ度MAX。
自分はエンドロール中に、エンディング音楽聴きながら映画の余韻に浸ったり、
気になった点について考えたりするのが好きなものだから、
スタッフロールが終わって明かりが付くまで残ってるんですけども、
話したいなら劇場出て話せばいいじゃないと。
中でも聞きたくも無い感想とかを強制的に聞かされるのが特にキツイ。
ここでも観た映画の感想を書いたりするけどそれとは別で、
ここの場合は観たくなければブラウザの×を押せば消えてくれるけど
彼らには×ボタン付いてないからね。
流石に本編中に雑談しはじめる人は幸い殆ど見掛けないけど、
こういう風にエンドロール中に喋り出す人は結構な頻度で出くわす。
混んでる劇場だと一人が話し始めると周囲にも伝染するらしく徐々に騒がしく。
映画はエンドロールが終わるまでが映画です。
上映中に声を出してはいけないというルールを知り、守ってるのならば、
エンドロール中も話さないようにしましょう。
って、こういう風に考えてるんだけど自分だけだったりしないよね・・・?
あまりに最近こういった人を多く見掛けるものだからちょっと不安になってきた。
隣や近くの席にやんちゃそうな子達が座るといつか喋るんじゃないか、今喋るんじゃないかと心がざわざわするちょっとしたトラウマを抱えています。
ちなみに本編中も構わず喋っちゃう人は家でDVDでも観ててください。
周りが話してて許せるのは本編始まる前のCMや予告編やってる時までかなぁ。
それでも自分は殆ど話しませんけどね。
劇場に足を踏み入れたらそこは戦場。
声を出したら死ぬぞ!
- 2007/12/26(水)|
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突然ですが昔はよく雑誌に連載されてる好きな漫画の単行本を買ったものです。
さすがに三大週刊誌+αを定期購読するようになった今は、
それで読んでる連載作品の単行本を買うことは殆どなくなりましたが。
一時は単行本を買い進めてる作品は雑誌でも飛ばして読んだりもしてたっけなー。
今は読んでない雑誌から好きな作品をチョイスして単行本を買う感じですかね。
で、まあここでちょっとした要望と言いますか、疑問がありまして。
それは、
「なんで単行本ってカラーページをそのまま収録してくれないのかな」って話。
そりゃきっとコストの面とかいろいろと事情がおありなのは察しますけども、
単行本で読んだ時に、あからさまに雑誌だとカラーだった所を単行本に白黒で
収録しているのが判ると気持ちが萎えてしまうのですよ。
判るとっていうか印刷具合で一目瞭然な訳なんですけども。
そこに憤りと言うか、得も言われぬ悲しさみたいなものを感じるのって俺だけ?
勿体無いなー、なんだよもー、って感じの。
や、そもそも単行本を買うまでする人って言うのは、その作品のファンな訳じゃないですか。
雑誌と違って読み捨てたりするつもりで単行本を買う人なんて少数だと思うんですよ。
単行本ってそういったコレクション的な要因も強いと思うから、だからこそ
そういうファン達の為に出来るだけ作品を完全な形で纏めて欲しいなーと思う訳なのです。
ジャンプで言うとワンピースとか、よくカラーページでカラフルで魅力的な
見開きの扉絵を描いてたりしますが、これが単行本に白黒で収録されてるの見るともったいないなーって思います。
ワンピースは画集とかで補填されてるけど、そうじゃないんだよなぁ。
作品によっては日の目を見ないまま埋もれて行ってるカラーページもある筈だし。
週間漫画でたまに描かれる程度のカラーページを単行本に挟むようにしたら
一冊の値段はどれくらい変わるものなんだろうか。
まあ割と最近は単行本にカラーページが入ってるのも珍しい事じゃなくなってるけど、昔の単行本って殆どカラーページ使ってる事ってなかった気が。
金田一少年で色が重要なトリックを明かすときに単行本でも巻中カラーページが挟まっててビックリしたことを今思い出しました。
モノによってはちゃんとカラーは完全にカラーで収めてる作品とかもあるんだろうな。
そういう作品のファンは恵まれてる。
むしろそういうファンが多いからこその配慮がなされてるだけなのかな。
そんなわけで最近買った某四コマ連載漫画が、連載誌では頻繁にカラーで描かれているらしく、単行本の総ページの半分から1/3くらいがカラーを無理やり白黒に乗せた微妙な印刷具合になってる事に憤りを感じた俺のひとりごとでした。
- 2007/11/14(水)|
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